ある産婦人科医の備忘録

産婦人科医の臨床、研究、考えについて

妊娠36週 胎動減少 君ならどうする?

白の美しい愛の誕生人々

架空の症例.

 

今回が初回の妊娠.

32歳. 人工授精で妊娠成立. 既往歴なし.

これまでの妊婦健診で特記すべきことなし.

胎児発育は正常範囲で推移している.

 

 

今は土曜日の19時. 一人で当直をしている.

妊娠36週の上記の症例の『胎動減少』の問い合わせが入った.

 

実は日中にも今朝からの胎動減少で受診し,別の医師が診察していた. 

そのときはエコーやCTGで異常はなく,帰宅となっていた.

カルテ記載をみると,

エコー:頭位,羊水量正常,胎盤に異常なし
    中大脳動脈RI>臍帯動脈RI
CTG:reassuringで張りなし

 

帰宅後も胎動減少が続いており不安であるとのことだ.

君ならどうする?

 

 ① 家で様子をみてください

 ② 腹痛や出血があれば受診してください

 ③ 今すぐに受診してください

 

 

 

 

私は③の選択をする.

例え腹痛や出血がなくても受診すべきだろう. 理由は後述する.

 

 

妊婦さんが不安そうな顔で診察室に入ってきた.

やはり胎動は感じないままとのことである. 他に症状はない.

 

どんな検査をしよう?

そしてどんな所見に注意すべきだろう?

 

まず経腹エコーで胎児心拍数を確認する.

心拍はあり概ね150bpmであり,大きな徐脈はなさそう.

頭からお尻までざっと見る. 目立つ浮腫,腔水や心拡大はない.

羊水量も正常で胎盤の血種など異常もない.

そして臍帯動脈や中大脳動脈血流を評価する. 
MCA-PSVは95cm/s.

ここまではさくっとできるだろう.

そしてBPSを評価する. 
点数がつかないほどに胎動をほとんど認めない.

 

次に胎児心拍図を装着してみる.

基線 154bpm, 基線再変動 5-6bpm, 一過性頻脈なし, 一過性徐脈なし

 

さて,

帰宅 or 入院 ? どうだろう

 

 

BPSからいうと入院すべきだろう.

念のため入院時にいつでも緊急帝王切開ができるように採血をした.

 

もう21時になってしまった.

次にどうすべきか?

 ① 今晩は経過観察とし,明日の朝のCTG再検

 ② 入院後すぐにCTG再検

 

 

 

BPSが低下しており,入院後にCTGを再検した.

基線 154bpm, 基線再変動 2-3bpm, 一過性頻脈なし,
軽度遅発一過性徐脈が出現している.

 

 

次にどうすべきか?

 ① 明日CTG再検

 ② 1-2時間後CTG再検

 ③ 連続CTG

 ④ 急速追娩

 

 

 

ここは意見がわかれるところだと思う.

①はまず無い.

②や③を選ぶ方もいるだろう.

私は④を選択する.

 

と書くと,適応が甘いと感じる方もいるかもしれない.

CTGのカテゴリーだけでいうと経過観察が許容される.

 

実は入院時の採血で私はAFPも測定していた.

AFPは3800 IU/Lであった.

これを見て何を思うだろうか?

まだピンと来ない専攻医の方もいるかもしれない.

 

 

内診では子宮口は閉鎖しており,経腟での急速追娩は見込めず,緊急帝王切開で娩出した.

 

Apgar score 5/7 (1/5min) 

臍帯動脈血ガス分析 ph 7.150

児の外表は蒼白であった.

新生児科に入院となり,採血でHb6.2 g/dLと貧血であった.

 

後に母体の採血でKleihauer testsは陽性であった.

 

さて診断は?

 

 

 

母児間輸血症候群であった.

 

母児間輸血症候群とは胎盤血管の破綻により胎児血が母体に流入し胎児貧血を起こす疾患である. 

神経学的障害,胎児死亡などを起こしうる.

 

 

 

あくまで私が作り出した架空の症例ではあるが十分にあり得るシナリオだろう.

疑うポイントは何であったのか?

 

母児間輸血症候群では

・胎動減少を主訴とすることが多い

・MCA-PSVの上昇が胎児貧血の予測に繋がる

・CTG所見は発症早期では異常を示さないことも多くあり,非特異的とされる(pitfall)
 胎児貧血ではサイナソイダルパターンを示すことがあるが,実際に出現する割合は低いという報告がある.つまり,偽陰性が多い.よって,それが無いからと言って否定はできない.

・AFPの上昇は母児間輸血症候群と関連するとされる

・診断にはKleihauer testsやサイトメトリーがあるがどちらも施設や時間帯によっては不可能である問題がある

 

 

 

さて,今回の症例のポイントは

・胎動減少という主訴から母児間輸血症候群という比較的稀な疾患を想起できること.

・そのためにMCA-PSVの測定やAFPの採血をすることである.

・CTGは非特異的であったり,時間が経たないと異常が出てこないパターンがある.

 よって1回のreassuringで安心せず繰り返し再検査すべきだろう.

・胎児のwell-beingの評価としてBPSをみることが重要である.

 

 

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「母児間輸血症候群」であった.